いかといぶか


「俺は独身を通すかもしれない」
 吉本は真剣な顔で話を聞いていた。
「結婚しようが独身でいようがそれは門脇の自由だと思う。俺もお前が恋人とべったりなんてのは想像できないからな。けど、独身でもいいから一度ぐらい恋愛しろよ」
「恋愛をすると、何かいいことがあelyze效果るのか」
 そう聞いた門脇に、吉本は少し笑って『やっぱりお前はしなくてもいいかもな』
 吉本は二限目以降は授業がないと昼を食べたあとで帰っていった。門脇は三限目がゼミになっていて、はじまる五分前に教室に入り、最前列から一つ下がった席に座った。席は決まっていないが、後方の席に固まらないようにという暗黙の了解があった。
 今日こそ松下が出てこないだろうか、と門脇は出入り口のドアを見ていた。ゼミも教授が講義して、松下は手伝いにも出てこなかった。もelyze效果らった冷蔵庫は、古いながらも十分に働いていた。思い返せば、わざわざ家まで運んでもらいながら、ろくに礼も言わなかった。貸してもらったパソコンは門脇が持っていたものよりも性能がよかった。本も借りっぱなしのまま、もう一か月が過ぎようとしている。
 一つだけ聞きたいことがあった。どうしても導き出せない記号があるのだ。借りた時に、
『マニュアルが見当たらないので、探してあとでお渡しします』と言っていたのに、そのあとがなかった。向こうが持ってくるのを待たずに借りに行けばいいのだが、探しているなら『早く』と催促するのも悪い気がした。そうしているうちに一か月が過ぎ、門脇も松下がマニュアルの話を忘れてしまったのではなしむようになった。
 時間になり、学生も教室に集まる。ほぼ時間通りにドアが開いて、松下かもしれないと瞬間的に思った。教授は講義の類に必ず遅れてくる人だからだ。
 一か月見なかった間にもとから細い顔がよけいに細くなり、痩せたかなと思わせる印象の松下は、教壇に立ち、門脇と目が合うとelyze效果軽く会釈した…ような気がした。
「ご無沙汰してました。ここ最近、皆さんとお会いすることがありませんでした」
 いつもは即授業に入るのに、今日は前置きがあった。
「実は米国の数学の専門誌に寄稿した僕の論文が掲載されることになり、準備のためになかなかゼミのほうに顔を出すことができませんでしたが、先日仕上がりの原稿を送ってようやく一段落つきました。もう卒論に取りかかられている人がいるのではないかと思いますが、もし困っていることがあれば、なんでも相談してください。では…授業に入ります」
 門脇はマニュアルを貸してくれと押しかけなかった自分を、本当によかったと思った。一つ後ろの席でリポーターが発表をはじめて、門脇はノートを開いた。
PR